
苦痛主義の概要
このページでは、R. D. ライダー氏の提唱する純粋な形の苦痛主義を「ライダー型苦痛主義」と呼び、その基礎を説明します。
そして、ライダー型が抱える重大な問題を解消することのできる「独我論型苦痛主義」を提唱します。
ライダー型苦痛主義は、少なくとも理論上、非常に特殊な条件下では苦感能力(苦痛を感じる能力)を持つ意識を生成することを許容してしまいます。
しかし、苦感能力を持つ意識を作ることはすなわち、その意識にとって唯一確実に存在すると分かる世界(その意識の知覚内容)において常に最大苦感者となる者を作ることであり、無生殖主義(反出生主義)はこれを許容しません。
ライダー型苦痛主義と無生殖主義(反出生主義)との厳密な両立ができないという問題を解消するためには、ライダー型苦痛主義の原則リストに「苦感能力を持つ意識は作られてはならない」という原則を加え、それにとりわけ強い拘束力を与える必要があります。
そうして完成するのが「独我論型苦痛主義」です。
用語集
苦痛
純粋で自明な悪性を持つ主観的経験の質
苦感能力
苦痛を感じる能力
ペイニエント(painient)
[形] 苦感能力を持つ
[名] 苦感能力を持つ意識
意識
主観的経験を持つ者。しばしば生命体に起きているように思われる
ライダー型苦痛主義
リチャード・D・ライダーが提唱する、原形の苦痛主義
独我論型苦痛主義
穂積浅葱が提唱する苦痛主義の形態
最大苦感者
最大の苦痛を経験しており、したがって道徳的配慮を最初に向けられるべき者
無生殖主義(反出生主義)
苦感能力を持つものを作ってはならないという倫理学上の立場。作る方法は直接的(生殖)か間接的(動物製品に金を払って畜産を支援することなど)かを問わない
苦痛の純粋で自明な悪性
苦痛主義は功利主義や権利論などと並ぶ規範倫理学上の立場の一つです。
苦痛が持つ純粋で自明な悪性を出発点として、「物事の倫理的な価値は個々の意識の主観的な苦痛の経験によって決まる」「複数の意識間での苦痛(や快楽)の合算は倫理的に無意味であり、意味があるのは最大苦感者の経験する苦痛の程度である」などの主張を支持します(Ryder, 2001, pp. 26-28)。
ライダー氏や私の言う「苦痛」とは、退屈、切り傷、骨折、悲しみ、怒り、打撲などの主観的経験に共通する性質で、これらの経験を悪いものにするものです。
私はこの意味での苦痛を最も正確かつ簡潔に定義する文言として、「純粋で自明な悪性を持つ主観的経験の質」を使っています。
苦痛は他の物事を悪いものにできる唯一のものである、という意味で苦痛の悪性は「純粋」であり、「苦痛はなぜ悪いのか」という問いには循環論法的な答えしか与えられない(苦痛とは悪さの主観的経験であり、悪さとは苦痛をもたらす性質のことである;苦痛と悪は互いを定義し合う)という意味で苦痛の悪性は「自明」です。
苦痛主義の原則リスト
ライダー氏は重要な主張を「原則」という形で文中に挿入することで、『苦痛主義:現代の道徳』を理解しやすいものにしています。
全部で42個ある原則は、(ライダー氏本人ではなく私の手によって)3種類に大別できます:
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倫理/道徳全般に関する原則
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苦痛主義に関する原則
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1と2を現実世界の倫理問題に適用して導出される原則
まずここでは1と2の「倫理/道徳全般に関する原則」「苦痛主義に関する原則」を列挙*し、純粋な**形の苦痛主義――これを「ライダー型苦痛主義」と呼びましょう――を紹介します。
その後、ライダー型苦痛主義に対して私の提案する「独我論型苦痛主義」を、原則リストの更新という形で解説します。
なおライダー氏は、普段の私と同じように、「倫理」と「道徳」を同じものを指す2つの言葉として使っています。
このウェブサイトでは、「倫理」と「道徳」は互いに読み替え可能です。
* ほとんどが『苦痛主義:現代の道徳』からそのまま訳したものですが、それだけでは意味の通らないものもあるので、そのような原則には [ ] に入れて補足をつけています。
** 私が「ライダー型苦痛主義」と呼ぶものは、ライダー氏が提唱する苦痛主義のそのままの形であるという意味で「純粋」です。「純粋」が「完全」や「正当」を意味するものでないことは(当然お分かりだとは思いますが)ご留意ください。





